今シーズンから横浜FCが昇格し、柏もJ1に復帰しているため、新たに2つのダービーが復活した。横浜ダービーと千葉ダービー。横浜ダービーは横浜フリューゲルスの消滅以来となるから、長いもので8年ぶりとなる。すでにこの横浜ダービー第1戦は終了していて、横浜FCが1-0の僅差で勝利している。守備的に入るという大方の予想を逆手に取った高木監督の見事な奇襲攻撃だった。第2戦は8月だが、今から楽しみだ。
さてこのダービー。Jリーグでは十数個のダービーが存在しているようだ。答えが曖昧なのは、どこまでをダービーとするか定義がはっきりしないからだ。主だったところでは、さいたまダービー(浦和、大宮)、静岡ダービー(磐田、清水)、大阪ダービー(G大阪、C大阪)、神奈川ダービー(横浜FM、川崎F)等々。同じ県や同じホームタウンに2チームあるところをダービーと呼ぶことが多い。その他では関西ダービー(神戸、G大阪)、九州ダービー(福岡、鳥栖)、四国ダービー(徳島、愛媛)、みちのくダービー(仙台、山形)、北関東ダービー(水戸、草津)と、同一地方名がつくかなり広範囲のものまでダービーと銘打っているところもある。面白いところでは「オレンジダービー」なんてネーミングでオレンジをチームカラーにしている清水、新潟、大宮が競い合っている。ここまでくると、ダービーという本来持っている殺伐としたイメージは吹っ飛んで、どこかコミカルにさえ聞こえる。
そんなコミカルなダービーは単なる盛り上げの一手に過ぎないが、Jリーグでも大いに白熱するダービーがある。さいたまダービーや静岡ダービーがそれだ。両軍の選手たちもダービーを意識したコメントを残し、新聞もこぞってそれを取り上げる。一昨年のさいたまダービーでは新聞紙面ではあったが、舌戦を繰り広げ、普段以上にアグレッシブな試合が繰り広げられた。
もちろんサポーターもそれに積極的に乗っているように思う。同じくさいたまダービーの話だが、埼玉スタジアムで行われた大宮ホームの試合。事前のチケットの売れ行きを考慮してクラブ側が2階席を閉鎖して運営した。しかし、その2階席の中央に大きな浦和の団幕が掲揚されていた。これに激怒した大宮サポーターは運営スタッフ・浦和サポーターと一触即発の緊迫した状況になった。筆者は大宮サポーターの団長に話しを聞きに行こうとサポータースタンドに行ったが、団長を探し回っている時に回りのサポーターに止められた。「今、会いに行ったらやばい」と。怒りの矛先を探している時に飛び込んでいったらどうなるか。ダービーに掛けるサポーターの思いを感じた瞬間だった。
日本でもこのさいたまダービーのような盛り上がりを見せるダービーがいくつか見られるようになったが、そもそも本来持っているダービーの性質とはどんなものだろうか。
ダービーの発祥地はもちろん母国・イングランド。19世紀、中部のダービーシャー州にある工業都市ダービーにて、聖ペテロ教会とオールセインツ教会の二つの教会区がフットボールで対戦したのが始まり。宗教的な話になるが、聖ペテロとはキリストに従った使徒たちのリーダーで、オールセインツとは文字通りすべての聖人を意味する。日本に伝来した仏教で言うところの、浄土宗の法然と日蓮宗の日蓮との違いか。また聖ペテロ教会の聖日は6月29日、オールセインツ教会の聖日は11月1日と教会区で休日が違っていたり、いくつか慣習も違っている。そんな中から意見の違いや小さな対立が生まれたとしてもおかしくはない。その小さな対抗意識がフットボールという競技に形を変えたというのが自然な考え方だろう。ただ、このフットボールは現在のサッカーとは異なり、街の中を数百人の男たちがボールを奪い合うもの。現代のサッカーとは違いお祭り的なものであるが、まさに街を二分しての争いだったようだ。
このようなフットボールはイングランド各地で行われていたが、ダービーでのものが特に有名だったことから、同じ街をホームタウンとする2つのチームが激しく争うゲームをダービーと呼ぶようになった。(ちなみに競馬で使うダービーはダービー伯爵が語源で直接の関係はない)。
その後、「ダービー」という言葉はヨーロッパ各地に次々と取り入れられるようになり、現在では数々の名物ダービーが存在している。たとえばイタリア・ミラノのACミランとインテルのミラノダービー、イングランド・マンチェスターのマンチェスターUとマンチェスターC、ロンドンのアーセナルとトットナムのノースロンドンダービー、スペイン・マドリードのレアル・マドリードとアトレチコ・マドリードのマドリードダービー、レアルマドリードとバルセロナのスペインダービー、中村俊輔所属でおなじみのスコットランドのセルティックとレンジャースのグラスゴーダービー、アルゼンチンのボカ・ジュニアーズとリーベルプレートのスーペルクラシコ等々、サッカーがあるところにはどこでも存在すると言っても過言ではない。
これらのダービーが生まれる理由にはその地域の歴史が大きく関係している。前出したミラノダービーのACミランとインテルはもともと一つのチームだったが、思想の違い、スタイルの違いから対立し、結局分裂したという過去がある。またグラスゴーダービーはセルティックがカトリック、レンジャースがプロテスタントという宗派の違いがある。レアル・マドリードとアトレチコ・マドリード、ボカ・ジュニアーズとリーベルプレートは何十年・何百年も前から存在する貧富の差・階級の違いがある。以上のような例だけではなく、人種の違いや言葉の違いから派生するものもあり、ダービーにはその地域の歴史的背景が色濃く反映されている。
翻って日本はどうだろう。さいたま市や静岡県に階級の違いはあるだろうか。宗教・思想の違いや人種・言葉の違いがあるだろうか。強烈なねたみや嫉妬を生むような貧富の差は存在するだろうか。多少の差異はあるだろうが、すべての答えはノーだろう。確かに戦国時代まで遡れば国同士のいがみ合いはあっただろう。しかし1600年以降、日本国内が戦乱の嵐となったことはなかった。2つの世界大戦を経ても、日本で内戦が起こるようなこともなかった。宗教観での対立もなく、日本には神道もあれば仏教もある。キリスト教だってイスラム教だって許容できる国民だ。日本の国内スポーツで欧州並のダービーマッチが勃発するような土壌はこれまでなかったはずだ。
最近、Jリーグのスタジアムで違和感を感じるのは、欧州スタイルを婉曲した形で取り入れてしまっている風景だ。全部が全部いけないわけではない。タオルマフラーを掲げ応援ソングを歌う。負けた試合では激しいブーイングをし、勝ったときには盛大なチャントが惜しみなく降り注がれる。それらは本場ヨーロッパよりも純朴でストレートに表現されているように思う。
ただ日本人が古来より重んじてきた礼節が失われている時がある。それはサポーターがテーマソングとし最も気持ちを込めて歌う応援ソングの合唱中にアウェイサポーターが妨害する行為だ。FC東京であれば「You’ll never walk alone」、新潟であれば「Can’t help falling love with you」、仙台であれば「Country road」を試合直前に合唱するのだが、その最中に太鼓をドンドン響かせて自チームのチャントを大声で叫び続ける。自分たちの存在を鼓舞する意図があるのだろうし、試合に臨む選手たちに勇気を与えようとする行為だというのもわかる。しかしだ。「You’ll never walk alone」も「Can’t help falling love with you」も「Country road」もどれもスローテンポの曲調で、スタジアムの雰囲気を作り上げるものだ。しかも、わずか試合前の数分間のみ。相手チームを尊重し、耳を塞ぐことぐらいは簡単なはずだ。
試合前の応援ソングは代表チームで言う国歌の意味合いに近い。日本国国歌がサポーターによって歌われている時間を考えて見てほしい。日本人として誇りを持っている人ならわかるはずだ。自分たちの代表選手が世界と堂々と渡り合う姿を願い、厳かな気持ちになっているのではないか。そしてきっと選手一人ひとりは多くのサポーターに支えられていることを改めて実感し、その思いを勇気に変えている時間だ。「国歌を聞いて身震いした」というコメントを過去何度選手から聞いたことか。
日本古来のスポーツでここまで礼儀を欠くスポーツがあるだろうか。柔道や剣道はどうだろう。どちらも礼で始まり礼で終わる慎み深い礼儀のスポーツだ。相手を挑発するどころか、喜びを爆発させることもめったにない。礼儀を学ぶ目的のためにスポーツを手段としているようなものだ。その最たるものは相撲だろう。勝っても負けてもポーカーフェイス。勝者は負けて土俵下に落ちた力士に手をさしのべ、敗者もその手を振り払うことはない。試合後でも力士は多くを語らず、言い訳もしない。
この敗者を尊重する姿勢、敗者が負けを潔く認める態度にプレミアリーグの名門アーセナルで指揮を執る名将ベンゲルはひどく感銘を受けたらしい。95年に来日しグランパスを指揮し、日本で多くのことを学んだベンゲルは今でも大の親日派として有名。異国の地・日本で礼儀のスポーツの数々に触れることができたからこそ、ゴシップネタ好きのイギリスであっても慎み深く相手を尊重する真摯な姿勢で人格者として認められているのだろう。世界最高峰のリーグで10年以上同じチームの指揮を執ることができているのは、その手腕だけが評価されているわけではないはずだ。
4月以降、Jリーグはダービーマッチが次々組まれている。ゴールデンウィークには、さいたまダービー、静岡ダービーら人気のカードが目白押しだ。大いに盛り上がってほしいものだが、その闘志を燃やす方向を修正してみてはどうだろう。今シーズン第2節の横浜ダービーが行われた三ツ沢球技場ではスタンドすべてが絵文字で埋め尽くされた。横浜FC側がスカイブルー、横浜FM側がトリコロールというようにバックスタンド中央できれいに二分されていた。それはダービー復活を祝うサポーターたちの喜びの絵文字だった。横浜ダービーを心待ちにしていたサポーターだけでなく、Jリーグを長く見続けていたファンたちを温かい気持ちにさせてくれた。元来いがみ合う風土を持ち合わせていない日本人なら、きっと礼儀をわきまえた独自の形で盛り上げる方法を見つけることはできるはずだ。そしてきっと日本人に合ったダービーマッチが誕生することだろう。
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