久しぶりの代表戦でファンもメディアも満足いったのではないだろうか。欧州組が初めて招集され、中堅クラスのペルー相手に2-0での勝利に明るい未来を感じただろう。ただ哲学者オシムはこの試合をメッセージを伝える絶好の機会と捉えているようだった。
昨年11月のサウジアラビア戦以来の試合となった日本代表。今回はかねてから噂されていた欧州組の招集が実現した。
オシム監督が就任して以来、一貫して国内組でメンバーを組んできた。日本代表=日本最強という概念を持った記者からはいつも同じような質問が繰り返されてきた。「ヨーロッパ勢はいつ呼ぶのですか」「中村俊輔や高原の活躍はご存じですか」と。その都度、オシム監督は煙に巻いてきた。「呼ぶとも呼ばないとも言っていない」「彼らの活躍はいつも見ている」と。時には具体的な名前を出して彼らの動向を注目しているとも言っていた。
そのため年末・年始のテレビの特番や雑誌に登場した欧州組の松井大輔、稲本潤一、中田浩二らは再びブルーズになることを夢見、希望を語っていた。ファンの間でもこのペルー戦で欧州組が初めて招集されるという期待が高まり、チケットはいつになく順調な売り行きを見せていた。“俊輔と高原は確実。松井と中田浩二は本人たちの調子次第か”というのが大勢の見方だったように思う。
そして蓋を開けて見れば、その期待感に釘を打たれてしまう。最初に発表されたメンバーリストに乗っていたのは中村俊輔と高原のみ。期待を裏切られたわけではないが、ジーコが初めて指揮をとった時、中田英寿、中村俊輔、小野伸二、稲本潤一と、当時、黄金のカルテットと呼ばれた欧州組を贅沢に起用したのとは対照的な招集となった。当時はさらに数人の欧州組がベンチにいたように思う。
多少は残念な気持ちを抱きつつも、これで今後の日本代表の方向性がはっきり見えた。欧州組はオシムの視野に入っており、機を見て招集する意志があること。そして長旅も考慮に入れながら、所属クラブで常にベストパフォーマンスをしている人材を招集することなどだ。当初予想されていた松井大輔は腰を痛めてここのところリザーブリーグで奮闘していたし、中田浩二はセンターバックのポジションを奪われる形でサイドバックに居場所を探していた。稲本潤一はスタメンに名を連ねるものの、現在の代表には中村憲剛、阿部勇樹、鈴木啓太、遠藤保仁など、ボランチが割拠していることから、実力的に五分と見るのが妥当なところだろう。しかもそれぞれがポリバレント、すなわち複数のポジションを兼務できる。所属のガラタサライで中心選手としてチームを牽引する存在とならなければ、現段階での招集は難しいかもしれない。
そして今回、代表発表で未だかつてないメッセージが伝えられた。それは追加招集を前提としたメンバー発表だ。オシム監督が初めて代表を発表した昨年8月の時はわずか13人と少なく驚いたものだが、その時と今回は意味合いが違う。当時の理由はA3チャンピオンズカップなどがあったため、日程調整や各クラブとの交渉がスムーズに進まず、希望通りのメンバーが揃わなかったためだ。今回意味合いが違うのは、発表されたポジションのバランスを見れば一目瞭然だった。FWに名を連ねたのは、高原のみ。もうおわかりだろう。FWを呼ばないのではなく、今の活躍では呼べない、もっとコンディションを上げ、ペルー戦まで1試合残るナビスコカップで結果を出してこい、という強烈なメッセージだった。
結果、ナビスコカップで代表当落線上の選手は血眼になって走り回った。巻はいつも以上にピッチを駆けずり回り、2月に初招集された矢野貴章もがむしゃらにボールを追いかけ回した。結局、その2名の他に、常連となった佐藤寿人、初選出となった大分の松橋章太が追加招集された。
ベルー戦。日本は欧州組の中村俊輔、高原を加え、誰もが納得の布陣を敷いた。代表100試合となる川口が砦となり、ドイツで失意のどん底を味わった中澤が9ヶ月ぶりに復帰、トゥーリオとセンターバックを組んだ。右SBに加地、左SBに駒野、ボランチに阿部と鈴木啓太、遠藤と中村俊輔がオフェンシブMFをつとめ、高原と巻が前線に並んだ。
注目は中村と高原がどれだけオシム監督が目指すサッカーを理解し、国内組との融合が計れるか、そしてどんな化学反応を起こし、彼らが代表に新風を吹き込むことができるかだった。結果、中村の2アシストと高原の1ゴールがあり、日本の快勝だった。守備でも打たれたシュートは4本とほぼ完璧にペルーを封じ込めた。
特に注目の2人は本調子の動きを見せた。中村のフォーストタッチは相手との競り合いにフィジカルで当たり勝ちし、ボールを巧みに左に動かして低空のサイドチェンジを披露。左サイドに走り込んだ駒野がフリーでボールを持ち、一気にチャンスを作り出した。高原は緩急を付けたドリブルで何度か相手を振り切り、ファールをもらうなど随所に成長の跡を見せつけた。さらにボールを受けてからDFをブロックしながら反転してドリブルに移す能力に磨きがかかっていた。この2人の融合により、代表は新たなステージへ踏み込んだと誰もが思った。ドイツでの惨敗の記憶を消してくれるだろうという思いが心のどこかで芽生えようとしていた。翌日の新聞の見出しも容易にイメージできていた。
しかしこの男だけは全く違う見方をしていた。イビチャ・オシム。彼のフィルターを通したペルー戦はグレーの色をしていたようだ。「肉でも魚でもない。というのはあまり良くないという意味」。開口一番、彼の口から出てきたのはいきなり“オシム語録”だった。そして彼は不機嫌そうに語り始めた。「選手はナーバスになっていた。それは自分の力を示したいとあまりにも強く思いすぎたかもしれない。不必要なところでミスが出て、ボールを奪われていた」。言わずもがな、これは中村、高原に向けた苦言だった。確かに前半、彼らはボールに触ろうと心がけていた。積極的にボールにさわることでリズムを作ろうとする選手がいることもわかるし、序盤は相手に主導権を握らせないためにも、ボールをキープしようとするものわかる。しかし、彼らはファンの期待に応えようとし過ぎていたきらいがある。「数ヶ月ぶりの代表ということで彼自身も何か特別なことをやろうというプレッシャーがあったかもしれない。一本一本のパスの全てを素晴らしいパスにしようとしていたかもしれない。しかし世界中にそんな選手はいない。だから、やればいいのは単純なプレーで、天才を発揮するのは何回かに一回。いつも天才な事をやろうとすると無残な結果になる
」。オシム監督の苦言は優に30分を超えていた。
文字にすると伝わらないが、実は日本代表監督になってからのオシム監督の会見は何度か緊迫した雰囲気に包まれている。その理由はいくつかある。ひとつは選手たちへのメッセージだ。千葉時代はメディアの数も少なく、自分の発言の波及効果が小さいことは認識していた。だから選手を会見の場で厳しく批判することはほとんどなく、皮肉を込めて選手を激励していた。例えばスーパーサブとして起用されていた林には常に「今日の林のプレーは世界最高峰のものだった。ただそれが15分しか続かないけどね」といった感じだ。
しかし日本代表監督としての発言では非常にストレートにものを発言する。“パスが各駅停車”“チャレンジできないものがいる”等々。言葉はストレートでときに辛らつだ。これはメディアの波及効果を認識してのことであるのは間違いない。メディアが多ければ、認識にずれが生じかねない。なるべく端的に伝えようとする意図があるように思われる。
筆者がかつてオシム監督に3分ほど話を聞いたことがあるが、そのうち2分は筆者のメディア名から視聴数まで事細かに質問された。要するにどのようにファン・選手にメッセージが伝わるかをイメージして話をしているのだ。今回、誰しも思い浮かぶような“代表快勝・2007年好発進、欧州組礼賛”の記事を目にしたファン・選手が楽観することを危惧していたのだろう。ここで代表の成長を止めてしまったら、その後の日本の発展がないということまで考慮しての発言であるのは確かだった。
だからこそ、オシムは会見終了まで仏頂面だった。そして記者一人ひとりの質問に意見を求めた。「逆にあたなに聞きたい。あたなは日本代表を応援していないのですか?」「あなたは自分の感想を述べているだけで質問の意味がわかりません」「私は中村が弱点を持っていたと答えればいいのですか?」。非常にギクシャクした雰囲気が漂った。しかし、これもオシムからのメッセージでもある。“記者たちよ。成長せよ”という。ある記者はマイクを握りしめて声を荒げ、同じことを繰り返してしまう記者もいた。ただ、そうして食い下がっていくことで、オシムは試合の核心部分に触れていく。そこまでしないとオシムは本当のことを言おうとしない。オシムが禅問答のようなことを繰り返すのは、物事の本質を求めるためには、チャレンジすることが大事であることを伝えようとしているのだ。
オシムが語った有名な言葉にこんなものがある。「守るのは簡単。作り上げること、つまり攻めることは難しい。でもね、作り上げるほうがいい人生でしょう。そう思いませんか?」。ただ黙って会見を聞いて記事にするのではなく、自分から意見を言い本質を聞き出し、記事を構成してなくては、いい記事にはならない、という風に捉えられる。結局、記者はオシムの手の内で転がされているのではないのだろうか。記者会見に臨むたびにそんな気がしてならない。
オシムが会見で残した強烈なメッセージは翌日の新聞にも少なからず影響を与えていた。どの新聞にも「オシム不満」の文字が掲載されていた。ただその紙面の扱いがオシムが望んだ程度のものかどうかは、本人に直接聞いて見なければ、わからない。
「だったら、これを書いている君、直接質問しに来なさい」。そんな言葉をオシムから投げ返されているような気がして、身が引き締まる思いだ。
はいはいワロスワロス
投稿情報: | 2007年3 月27日 (火) 05:49